AB!ユイSS『The way of my life』公開 〜Angel Beats!関連
『The way of my life』
- find a way あたしも
- Song for 歌うよ
どうしてこの世界にたどり着いたんだろう?
そんな疑問は、あの歌声を聴いた途端に霧散していた。
あの力強さはどこから生み出されているんだろう?
そして、そこに内包された切なさは何なのだろう?
上手いだけなら、ブラウン管越しに見たり聴いたりしたことはあった。でも、今目の前で繰り広げられているパフォーマンスはそんなのは比じゃなかった。そういうものを生で見た経験がなかったからかもしれない。けれど、心の琴線にこれだけ触れてくるのは、単純に『初めて見たライブだったから』と言うことだけじゃないのは、頭の中に走った衝撃と胸の奥に溢れてくる想いとサブイボが示してくれていた。
感動は一瞬のうちに憧れへと変わった。
「あ……あのっ、入隊させてくださいっ」
「いいわよ」
その日からあたしの、この世界での生が始まったのかもしれない。
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最初は下っ端だったから、岩沢さんたちのライブが上手く開催されるように動く係だった。
近くにはいられたけど、話しかけることなんて出来る身分じゃなかった。
ひたすらお手伝い。そしてライブが始まれば、たくさんのNPCの中に混じって歓声をあげるただの一ファンに変身する。変身すると言うか、そのまんま変わってないと言うか。相も変わらずライブパフォーマンスに酔いしれる日々が続いた。
そのうちに、自分もやってみたい! と思うようになった。せっかくの自由に動く身体。これを生かさないわけが無い。
ただ、以前のあたしは音楽なんてやれる状態じゃなくて。なので、当然のことながら音楽の知識なんて目で見たこと以上のものは無かった。どこかから中古のギターを発掘してきて、ガルデモメンバーがやっていることを見よう見まねしながら試行錯誤を繰り返してた。
最初は酷かったと思う。音楽ですら無かった。ただ片手でギターの弦を押さえて、もう片手で弦を弾くだけ。すぐにおかしいと気づいてやめたけど。空いた時間に音楽室でギターの教本を探してきて、コードの押さえ方を覚え、それに合わせて歌えるように何度も何度も練習して、徐々に形になってきたと感じた頃から校内での弾き語りをするようになった。
けれど、誰も立ち止まってはくれない。当然だ。岩沢さん率いるガルデモのパフォーマンスを知っていたら、あたしの、形にはなってきたって程度の初心者丸出しの演奏なんかに足を止めてくれるわけがなかった。それでもあたしは歌い続けた。
そんな時、転機が訪れた。
いつものように、一人で歌っていた時のこと。誰も止まってくれたこともなく、止まるはずもなかったけど、一人の女子生徒が立ち止まった。
「へぇ。面白いことしてるんだね」
この声の主は、信じられないことに――。
「そういえばどこかで見たことがあったような……」
「あ、あっ、あの……その……ユイって言いますっ」
憧れの岩沢さんだった。
どうして目の前に? 何で立ち止まった?
色んな疑問がぐるぐると頭の中で渦巻いていてワケがわからなくなりそうだったけど、必死にそれらを抑え込んだ。
「戦線で、あの下っ端なんですけど、陽動班としてガルデモのライブをお手伝いしてますっ」
「そうなんだ……いつもありがとね」
知ってくれていた?!
……のかどうかは、この返事だけでは判断は出来ない。けれど『いつもありがとね』の一言で、飛び跳ねたくなるくらいに嬉しかった。
「それと……さっきの演奏なんだけど」
「は、はいっ。その……ヘタですいませんっ」
浮かれていた気分が一気に吹っ飛んで、直立不動になるあたし。
ヘタなのは自覚してる。しかしそんな演奏を、憧れの人に聞かれていたことを思い出して血の気が引いていった。
「上手くないよ、確かに。でもさ、なーんか気になるんだよねえ」
「えっ……」
気に……なる?
ハッキリと上手くないと言ってくれたのはありがたかった。変に気を遣ってもらうのは申し訳ないし、そんな言葉を彼女の口から聴きたくは無かった。でも、それだけに「気になる」の真意がどこにあるのかがわからない。何が? 何処が? 気になる?
「うーん……。
あのさ。歌ってるときなんだけど、もう少し前を向いたほうがいいと思うよ」
「ま、前ですか?」
「うん。自信なさげに歌ってるのが見てるとすぐにわかるからさ。仮にも人に聴いてもらおうとしてるんでしょ?」
「は、はいっ」
彼女の言うとおりだった。
自分には自信がない。もちろん、歌も演奏も未熟だったけど、誰かに聴いてもらおうという気持ちが一番欠けていた
「いい返事」
「あっ……」
ニコッと笑った後、彼女の手があたしの頭をくしゃっ撫でていた。
その手は、とても同年代の女の子のそれとは思えないほどに、ゴツくて力強かった。
「いつか一緒のステージで歌えるといいね」
「……は、はいっ」
彼女のその言葉は、この世界に来て目標もなく過ごしてきたあたしにとって、遠いものではあったけど、初めての目指せる高みに思えた。
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その日から、あたしは前を向いて歌うようになった。
誰かに想いをぶつけるんじゃなく、伝えるように、伝わるように、前を向いて。
相変わらず演奏も歌も上手くは無かったけど、岩沢さんの歌を歌いこんで、楽譜も何も見ずとも歌えて演奏もできるようになるまで覚えることでそれをカバーしようとした。
その成果があったのか、少しずつ足を止めてくれる人が出てくるようになってきた。
ただ立ち止まるだけの人、耳を傾けてくれる人、一緒に歌ってくれる人。そんな目に見える形で実感するようになった。
「お名前は何て言うんですか?」
「えっ、あたし? ユイって言うんだ。ユイ☆にゃん、って呼んでくれたらいいよっ」
「じゃあ、ユイにゃんさん。これからずっと追っかけしてもいいですか? 私、ユイにゃんさんの歌ってる姿に感動したんですっ。ですから……」
「あ……うん、うん。はっはっは、ユイにゃんに惚れたか」
「ありがとうございます! じゃあ今日からユイにゃん親衛隊を名乗らせていただきます!」
あたしのファン第1号も出来たんだっけ。
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ファンも少しずつ増え、手応えを掴みつつあった矢先に、あの瞬間が訪れた。
オペレーションの規模の大きさからただならぬものは感じていたけど、教師の制止を振り切って歌い出した岩沢さんの姿に、あたしはただ、その光景を目に焼き付けて、耳に刻み込むことくらいしか出来なかった。そのくらいに神々しかったし、悲しかった。
喪失感に押しつぶされそうになっていた時、誰かに声をかけられた。
「あなた……岩沢さんの代わりにガルデモのボーカル出来ないかしら?」
「え? ええっ? えええええええ〜〜〜っ???」
声の主は……戦線のリーダーのゆりさんだった。
しかも信じられない言葉の連続。
岩沢さんの代わり? ガルデモのボーカル? あり得ない。
「戦線で歌の上手い子が誰かいないかって聞いてみたら……あなたに行き着いたってわけ。
ユイ……よね?」
「は、はいっ。ユイですっ」
「歌唱力は……まあ岩沢さんを超えるものも、並ぶほども期待はしてないわ。あたしたちの陽動作戦に使えるかどうかを見たいだけだから」
「は、はあ」
どうやら、そんなに期待はされていないみたいだ。あくまでいなくなった岩沢さんの穴埋め候補として使えるかどうかを見たいだけ。それでも、候補して考えてくれていることだけでも嬉しいことだった。
「それにね……まあ気になってたのよ」
「気に……なってた?」
「ええ。戦線に入ってくるときから、戦闘とかには向いてないだろうなーとは思ってたんだけど、別の……どこか引っかかってたのよね……」
既視感。
いや、違う。あの人にも言われたことだ。
あたしの何処にそんな要素があるのかはわからない。けれど、少しだけ信じても良いかもしれないことがあった。
あの2人にとって、あたしは気になる存在だということ。気になる要素のある存在だってこと。それは、何の取り柄もないあたしにとって、唯一の誇れるものなのかもしれない。だって、岩沢さんやゆりさんはカリスマだったし色々とすごいし、他の戦線の人達もみんな、すごい力だったり武器を振り回せたり素早い動きができたりするんだから。
「えっと……勘違いしないでよ。他のみんなに紹介して、歌を聴いてもらって、それから岩沢さんの代わりに相応しいか決めるんだから。本決まりじゃないからね」
「は、はいっ。頑張りますっ」
その後もなんだかんだあってすんなりとはいかなかったけど、あたしはガルデモ新ボーカルとして採用された。
ゆりさんはあまり期待していないって言ってたけど、戦線のみんなの反対の声を押し切って推薦してくれたし、ガルデモのメンバーにも割と良いように紹介してくれたようにも思う。実は案外良い人なのかもしれない……。などと都合よく考えられるあたりが、あたしの長所なのかもしれないな。
ガルデモ新ボーカルとして、陽動作戦の出番はなかなか巡ってこなかった。あたしが岩沢さんのパフォーマンスの域に達していないこともあるんだろう。オペレーションには参加させてもらえてたけど、ステージで歌うことはまだ無かった。
そんなある日の夜、部屋でゴロゴロしていると誰かがあたしの部屋の扉を叩いてた。
「は〜い、どなた?」
ガチャ。
扉を開けるとそこには……。
「こんばんわ。ちょっといいかしら」
リーダーのゆりさんがいた。
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「どう? 上手く行ってる?」
「はい。まあ……何とか……」
ゆりさんにもらったKEYコーヒーをちぴりと飲む。コーヒーのほろ苦さと、ミルクのまろやかさ、砂糖の甘みが口の中に広がっていく。
「練習ばっかでつまんないかもしれないけど……ま、頑張んなさい。出番はすぐに作ってあげるわ」
「は、はいっ。頑張りますっ」
「いい返事っ。その調子よ」
そういうと、ゆりさんはあたしの頭を撫でてくれた。その手は思っていたよりもごつい感じだった。
「それと……」
「? どうかしました?」
思案顔のゆりさんが、まだ何か言い足りない様子だ。
「あたしのことを呼ぶ時だけど」
「はい? ゆりさん、じゃダメですか?」
「うーん……なーんか堅いのよね……。もっとこう、くだけた感じってないかしら?」
呼び方……。
戦線のリーダーだしお姉さんっぽいイメージがあったから、普通の「さん」付けかと思っていたけど、それでは不満らしい。確かに堅い感じはするけども、かと言ってタメ口と言うわけにはいかないだろうから……。
「くだけた……? ゆりっぺさん、とか?」
「それだと遊佐さんと同じなのよねー」
「じゃ、じゃあ、ゆりっぺ先輩、ってのはどうでしょう?」
「ゆりっぺ先輩?! そう、それね! なかなか可愛らしいじゃない。ユイにピッタリね」
「わかりました。これからはゆりっぺ先輩で!」
「ええ。よろしくね、ユイ」
「はいっ」
ゆりさん改めゆりっぺ先輩は、とても満足気な笑顔で頷いてくれた。その笑顔は、今まで見たことの無いような、可愛らしいあたしたちと同じくらいの歳の女の子の表情だった。
この人についていこうと思った。ずっと、ずっと。この人なら示してくれるんじゃないかって。あたしの進むべき道を。
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ステージに立った。たくさんの観客がいた。
思わず逃げ出したくなった。
けれど……、
「あんたのギターは私がカバーするよ。だから歌に専念してきな」
「しっかり、ユイ」
「頑張って!」
メンバーのみんなの声に勇気づけられた。背中は任せよう。
そしてあたしは歌い出した。
- 不機嫌そうな君と過ごして
- わかったことがひとつあるよ
<おしまい>
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いかがでしたでしょうか? 岩沢とユイ、ゆりっぺとユイの出会いの場面を捏造してみました(汗。どうだったでしょうか?
ユイって何で岩沢に憧れたのかなあ? というのが書いた一番の動機ですが、ゆりっぺとも「Thousand Enemies」の歌詞を見ていると、何かこんなやり取りがあったんじゃないかなあ? とか色々と妄想してみました。特にゆりっぺはユイを可愛がってるような気がするので(戦線メンバーでただ1人だけ「ユイ」と呼び捨てにしているあたり)こんな感じなんじゃなかったのかなー、と思いながら書いてみました。
Angel Beats!も終わってしまいますが、二次創作的にはむしろここからがスタートだと思ってます。コミケでもAB!本を出そうと思ってますしね。なので、感想とか何かご要望などがあったら、拍手やコメント欄などにでもお書きください。恐らくはかなでちゃん本になると思いますが……。