「Free! ES」や「けいおん!!」「たまこラブストーリー」から考える、京アニ山田尚子さんの同性愛描写とその意図

 Free! ES(2期)の12話観ててちょっと笑いそうになりました。オーストラリアへの旅行の時にホテルのフロントのお姉さんに完全にゲイカップルとして扱われていたからです。そして観終わってクレジットを観ると、「絵コンテ 山田尚子」とありふと考えさせられました。それで思い出したのが、これまで山田尚子さんが監督として手がけてきた「けいおん!」シリーズと「たまこまーけっと」「たまこラブストーリー」です。山田尚子さんは確か女の子が大好きで、Free!なんて正直会社命令で仕方なくやってるだけだろうと思っていたんですが、ふとこれらに共通する点を見つけてしまいました。それが「同性愛」描写です。ゲイとレズの違いはあれど、どちらも踏み込んだ描き方をしているなと思った次第です。では、どの辺が山田尚子さんが踏み込んだ表現をしているのかを見て行きたいと思います。

 まず山田尚子さんの監督作品として挙がるのは「けいおん!」だと思います。その中でも最も同性が好きってオーラを出していたのはムギちゃんこと琴吹紬ではないでしょうか。実のところムギちゃんは原作から女の子大好きキャラではあります。アニメでも1期はほぼ原作通りで、山田監督ほかアニメスタッフが同性好き度に色を付けたようなところは目に見えては無かったと思います。個人的には、山田尚子さんが色をつけはじめたのは2期になってからなのではないかという気がしてました。

 けいおん2期こと「けいおん!!」では、せっかく1期で成長した平沢唯が幼児退行したかのような感じになったりと原作からの改変が多かったのですが、その中でも個人的に大きな変化だったのがムギちゃんの変貌ぶりでした。1期では原作通りではあるのですが、どちらかと言うとグループの輪には入らず少し遠巻きにしながらカメラでバシャバシャやる、最近のアニメで言えば【ろこどる】のマネージャーさんみたいなポジションでいたわけですが、2期ではカメラはほぼ封印して、当初はぎこちなかったものの少しずつ輪に加わるようになって、ボディータッチがどんどん増えていき、完全に百合キャラとして出来上がったようにも感じました。
 そもそも山田尚子さんや京アニスタッフが一番好きだったのだろうというのが見え見えだったのがムギちゃんだったわけなんですが、元々原作では他の4人と比較すると出番が少なかったのを増やした上に性格まで改変しているわけなので余計に目立つのに、遠巻きに観ていたのを輪の中に参加させたことで更に意図的なものを感じてしまいました。ただ、だからと言ってムギちゃんをより百合キャラというかレズ志向のキャラクターにしたかったかといえばそうではないような気もしています。何となくですが、山田尚子さんの願望みたいなものをムギちゃんに投影したようなイメージを持っていたりしています。要は、1期ではムギちゃんと同じく遠巻きに観ているしかなかったのを、2期ではムギちゃんに自身を投影することでよりHTTのメンバーの輪に入り込んでいく、という監督の意志というか願望みたいなものが具現化されたかのような描かれ方をされていたように感じました。
 そして次に来るのが「たまこまーけっと」(以下たまこま)です。たまこまで誰が百合キャラっぽかったかと言われるとやはりみどりちゃんこと常盤みどりでしょう。たまこまHPのcharacterのページでは、たまこに向かって矢印が伸びていて「守ってあげるね」という非常に意味深なコメントもついていました。「たまこラブストーリー」では「何かとたまこの世話を焼いている」とあるので、どちらかと言えばけいおんの憂ちゃん的なポジションなのかなあとも思いますが。憂ちゃんももちろん百合傾向のキャラではあるのですが、肉親ではないあたりで大きく意味合いが違ってくるのではないかと感じます。映画のパンフレットではみどりちゃんは「たまこのことが気になっている」とかありましたし、もち蔵に食ってかかる場面がたまこラブストーリーではありましたから、割とガチなレズ志向のキャラだと認識しています。気持ちを伝えたりはしていないものの、同じくたまこに片想いしているのが見え見えなもち蔵に食ってかかったりしているあたり、あまり関係性を壊したくないがため(?)にぶっちゃけることがなかったムギちゃんよりもより同性愛描写的には踏み込んでいるようにも思いました。「たまこラブストーリー」というタイトルも、たまこラブなみどりちゃんともち蔵のストーリーという風に捉えると、同じ女の子を好きになっている男女という同列視した描かれ方をしているとも取れるんじゃないかとも思います。

 そういうものがあってからこのFree! ES12話の豪州旅行回があるわけです。もちろんFree!シリーズは山田尚子さんが監督をやっているわけではないですし、彼女の意向が全面的に反映されているかどうかは定かではないのですが、けいおんやたまこで描かれていた同性愛的な表現がここでもしっかり反映されているように感じました。凛がホームステイしていた家庭の夫婦が凛と遥を暖かく迎えていましたが、あれって凛が散々この家庭で話していた「大切な人」がまさに遥のことなわけですし、凛の言い方からすれば「恋人」みたいなニュアンスもあったのではないかと思います。ホームステイ中は離れていた相手を連れてくるって言うんですからこの夫婦は間違いなく恋人を連れてくると考えていたでしょう。何せ、中学生だった子が熱心に語っていた相手を高校生になって戻った日本からわざわざ連れてくるっていうんですから、恋人を紹介するようなものでしょう。

 ただ、この夫婦は変な顔一つせず凛と遥を迎え入れています。さっきのホテルのフロントのお姉ちゃんもそうなんですが、非常に寛容というか気にしていないように感じます。これは、恐らくは豪州ではゲイカップルというか同性愛者ってのは日本よりもいて当たり前の存在なのではないかという描写なのかな、と推察できると思います。豪州ではわかりませんが、アメリカのいくつかの州では同性婚合法化もなされているわけですし、ゲイやレズビアンであることをカミングアウトする芸能人やスポーツ選手も少なくありません。日本だとそういうことをすれば、奇異の目で見られるようになって普通の生活を送りにくくなるかもしれませんし隠さなければならないもの、みたいな感じになってしまっています。
 思うのは、この回を担当した山田尚子さんがキャラクターたちに対して「外国なら同性同士で愛しあってもええんやで」とばかりに2人に旅行させるように仕向けたのではないかということです。同性でも後ろ指さされにくい外国なら愛しあえるんやで、とばかりに仕掛けたように感じました。だからこそ、夫婦やフロントのお姉さんらが男2人で海外旅行しているさまを特に変に思わずに接している絵を描いたのだろうという風に見えました。特にホテルのフロントのお姉さんは良かったですよね。2人で日本から旅行するんだから恋人同士だろうと判断して一緒の部屋にしたのに、別々の部屋にしろってしつこいんだよって感じの対応でしたが、異性のカップルであろうと同性のカップルであろうとカップルってことは同じとばかりの対応の仕方だったように見えました。むしろ変なのはホテルまで来て別々の部屋にしろって言い張る凛のほうと言わんばかりに。ここが外国の良いところなんだよって感じで山田尚子さんが凛と遥に見せてあげたかったところなのかなあと思いました。
 これは、たまこラブストーリーでの「たまこを好きになった」2人が、それが例え男であろうと女の子であろうと好きって気持ちには変わりないし、たまたま好きになった子が近所の女の子だったってだけでそれが悪いことではないんだよっていうメッセージみたいなものにも通じるところがあるようにも感じましたし、けいおんでのムギちゃんが凄く唯たちのことが好きなのも、箱入りのお嬢様でそれまで他人を好きになったことなどない子が、たまたま好きになったのが女の子だった、というだけだったのを見せたかっただけなのかな、と思いました。なのでFree!でも、好きになったのがたまたま男だった、ということを描きたかったのだろうと思いつつも、じゃあもっと2人がFree!な関係で居られるには……と考えた先にあったのが豪州だったと言うことなのだろうと考えています。
 山田尚子さんは、女の子が女の子を好きになっても良いってことを、Free!ESでは男同士にも適用したように考えています。その上で、もっと同性カップルが幸せになれるシチュエーションはどういうものかって言うことを踏み込んだ内容がこのFree! ES12話だったように感じました。なので今度はこれを女の子同士でやっていただきたいとも期待してしまいます。
 最後に、遥は凛との豪州旅行でめでたく目覚めたようで凛と豪州で結ばれたようなのですが、リアル世界での豪州のスーパースター、イアン・ソープ氏がゲイ告白していたのを思い出しました。

イアン・ソープ氏「自分は同性愛者だ」 TVのインタビューで告白』(The Huffington Post

 今年の7月13日の2期放送開始直後ということで京アニスタッフはガッツポーズだったんじゃないかと思いました。あるいは、もしかしたらこの記事を受けてラスト近辺を書き直した可能性もゼロではない……かもですね。

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