映画『聲の形』のヒットが引き起こす(?)、テレビアニメ界の様々な意味での空洞化への懸念

 『君の名は。』に続いて公開された、京アニこと京都アニメーション制作の漫画原作もの『聲の形』も、既に興行収入が10億を超える大ヒットとなっているようです。京アニ山田尚子監督といえば『けいおん!』もありますが、映画の前作である『たまこラブストーリー』では興行収入が最終でも1億3000万円ほどだったことを考えると、『聲の形』での数字がすごいものだということがわかると思います。元々、原作そのものが人気で知名度が高かったこともあるのでしょうが、原作がいくら売れていても、わざわざお金を出して映画を観に行こうという人とイコールになるわけではありません。京アニとか山田尚子監督とかに期待して観に行くような人も少数でしょうから、プロモ段階から成功していた、あるいはそれだけ特別な人気のある作品(の映像化)だった、ということなのでしょう。『君の名は。』のほうは興行収入100億円突破というとんでもない数字になっていますし、昨年?の『ガールズ&パンツァー劇場版』のヒットもありましたので、いよいよアニメ映画の流れが来ているような気がします。
 ただ気になることがあります。それは、『君の名は。』も『聲の形』も、どちらもテレビアニメを経ないアニメ映画化でヒットを記録していることです。新海誠監督は元々テレビアニメを作る人ではないので影響は少ないかもしれませんが、京アニ山田尚子監督は元々はテレビアニメを作っていた制作会社と監督です。その制作陣が、テレビアニメという土台を作らないまま、いきなり映画という媒体で公開してヒットさせた、ということなのです。何が問題なのか? 以下に書きたいと思います。

  • テレビアニメをヒットさせる確率の高い監督や制作会社が、テレビアニメをやらずにアニメ映画に注力してしまう

 これは非常にジレンマだと思います。というのも、アニメ映画って多くの場合、テレビアニメよりはコストとか手間をかけた作画ほかで作られるものです。尺としては90分〜2時間前後とテレビアニメの1クール分よりは短いものですが、コストとか労力を考えると、テレビアニメ1クール分と同等か、あるいは上回るものがある可能性もあります。となると、映画1本作っている間は、その制作陣はテレビアニメを1クール分作れないということになります。監督も同様です。より作家性の強い監督であればあるほど、例えば映画とテレビアニメを同時期に掛け持ちすることなど不可能です。つまり、『聲の形』という映画を作ることにより、京アニ山田尚子監督のテレビアニメが1本観られなくなった、ということにもなります。
 これは『聲の形』みたいな作品だけでなく、テレビアニメのヒットを受けて作られるようなアニメ映画でも同様のことが言えると思います。前述の『ガルパン』では、水島努監督という日本で一番忙しいアニメ監督が、ある程度の時間を『ガルパン劇場版』に注ぎ込んで何とか完成させたわけです。が、そのことにより、やはりテレビアニメ1本分くらいのスケジュールが無くなったと推測されます。『心が叫びたがっているんだ。』の長井龍雪監督や、『まどマギ』の新房昭之監督&シャフトも同様だと思います。
 そして、テレビアニメでヒットして映画化されたり、あるいはいきなりアニメ映画として作ってヒットされるような作品を作れる監督やスタッフ、制作会社は、人気のある人・会社でしょうし、ヒットする確率の高いアニメを作れる人・会社でしょう。人気者はアニメが映画にシフトしていく中でますます人気になるでしょうが、人気になればなるほど、テレビアニメを作れる本数や頻度が減ってしまうのは間違いないと思います。
 そうなると、面白いテレビアニメが出てくる確率が格段に下がってしまう……かどうかはわかりませんが、特に水島努監督のように、シリーズものよりも新規でのアニメ化を多く請け負う監督が映画に引っ張られてしまうと、テレビアニメの空洞化につながっていくのではないかと思ってしまいます。

  • テレビシリーズ→映画へのシフトが進めば、新たなアニメ映画をやるための種が生まれなくなる

 そもそもという感じがしますが、当然のことですよね。水島努監督はガルパン最終章に取り掛かっていると言っていましたが、続編的な映画を1本2本と作ることで、新たなテレビアニメに取り組めなくなってしまいます。次に映画化まで持っていけるようなテレビアニメを作れないですからね。
 ただ、これはテレビシリーズの続編を作るときにも言えることなので、映画だけの問題ではないかと思います。が、テレビシリーズで続編をやらないことで、やはりテレビアニメ自体が減ってしまうことにも繋がりますので、テレビアニメの空洞化を引き起こす一因と言えるでしょう。

  • いきなりアニメ映画化してヒットしまうことで、円盤を売って利益を得る深夜アニメのビジネスモデルが変化する可能性

 オリジナルのアニメ映画でもそうなのですが、原作もののいきなりの映画化で成功してしまうことで、テレビアニメを作って放送して、良ければ円盤を買ってもらって、というビジネスが後退するのは間違いないと思います。というのも、この深夜アニメの円盤を買ってもらって、というビジネスモデルはそもそも無理があるというか、無料で高画質で観れるアニメを、視聴者に値段不相応と思われる高さで買ってもらっている現状がそもそもおかしかったわけですが。
 映画であれば、もし興味を持ってもらえたのであれば、映画館でチケット買って観てもらえるわけです。その時点で既にお金が発生しているのに、劇場で販売されるパンフレットやグッズなどを、作品を観た直後に買えるわけです。テレビアニメのように、家でテレビで観て、そこから何かしらお金を出す(かどうか)のことと比較すれば、格段にお金を出すまでの距離が違いますし、観た側も気持ちよくお金を出せるのではないでしょうか。更に映画でも、もちろん円盤が発売されます。テレビシリーズのように何巻と出るわけではないので、むしろ買いやすいとさえ感じます。そう高くは出来ないですが、既に興行収入という形でお金になったその上に、円盤の売上がプラスされるわけですから、ヒットの規模が大きくなればなるほど、作り手側にお金が入るわけです。出すお金の額も違いますよね。テレビアニメであれば、小さなグッズや主題歌CDが安めでありますが、安すぎますし、かといって円盤を集めようとするといきなり6000円とか出さないといけないですからハードルが高い上、放送している時にリアルタイムにその話数の円盤が発売されているわけではありません。映画なら、円盤は後から発売になることが多いですが、グッズ類はパンフレットからそれなりの種類が出ていて、観てすぐに買うことが出来ますし、おのおのが出せる額だけ出すことが出来ます。グッズ類に関してはテレビアニメも映画も変わらないかもしれませんが、観終わった後の気分が高まっているところで買える、という違いは大きいでしょう。
 このように、テレビアニメと比較すると、格段にお金との距離が近い映画という媒体なのが映画です。そもそも、基本無料のテレビアニメと、お金を出さないと観れない映画では、スタートから比較にならないものがあるとも思います。作る側からすると、やりがいというものが目に見えるかどうかの違いが大きいようにも感じます。
 そうなってしまうと、「テレビアニメ」という段階を踏むこと無くいきなり映画化する、という制作会社も出てくるような気もします。何せ、テレビアニメとして作って公開したとしても、事前に製作委員会に参画してくれた企業が出資してくれるに過ぎず、話題になっても儲けには繋がりません。ですが、映画ならそうとは言えない感じにもなると思います。
 そうなると、円盤を売って(買ってもらって)制作費の回収や儲けを得る、現行の深夜アニメのビジネスモデルは崩壊してしまうことになりかねないと思っています。映画が本番で、テレビアニメは踏み台となると、高いクオリティのテレビアニメは見れなくなってしまう可能性すらあるような気がするわけです。
 最も、それで良いじゃないか、むしろ現行の深夜アニメのビジネスモデルもほうがおかしいんだから、というのは非常に理解できるものがあるとも思いますが。

  • 本当にテレビアニメから映画へのシフトが進むのか?

 では、本当にテレビアニメが減り、いきなり映画でやるアニメが増えるのでしょうか? 結論から言うと、ほんの一部に過ぎないだろうと思います。
 新海誠監督がこれからテレビアニメをやるのかと言われたら、まずそれはないと言えるでしょう。あのクオリティのテレビアニメとか色々と死んでしまいますし、何より映画でやればヒットすることがわかっているのに、敢えてテレビで流す必要性もありません。ただ、作画スタッフにはアイジーの主力アニメーターが関与していますので、いくらかIGのテレビアニメへのリソースは下がっていたかもしれませんし、次回作が更に大規模になれば、テレビアニメでやるはずだったアニメーターが新海誠作品へと引っ張られるかもしれません。
 京アニに関しては、これまでも年1本くらいずつ映画を公開しており、かつテレビシリーズも定期的にOAしていることから、これからもしばらくはテレビと映画を並行して制作していくことと思います。5年先とかになるとわかりませんが、京アニがテレビアニメをやらなくなるようなことは、まだ考えなくても良いのかな、と思っています。『響け!ユーフォニアム』みたいなクオリティのテレビアニメも作り続けてくれそうな感じがしています。
 その他の、主にテレビアニメを主戦場としているような制作会社やスタッフはどうでしょうか? こちらについても、一気に映画オンリーにシフトするとは考えていません。というのも、基本的にはテレビアニメをヒットさせないと、劇場版まで辿りつけないわけですし、ここのところあまり新規にアニメ化してヒットした作品はないような気がしています。また、ヒットの規模が大きいものになると踏んだアニメ映画には、作画リソースなどをつぎ込めるわけですが、OVAの劇場公開程度のものだと、若干クオリティの高いテレビアニメくらいのものに留まるでしょう。それだと、そこまでテレビアニメへの影響は大きくないんじゃないか、と考えています。
 まあそもそも、本格的な劇場アニメを制作できるような制作会社がそんなにあるとは思えませんし、何より、テレビアニメを経ずに何億というレベルの興行収入が見込めるようなアニメ映画の、企画を立てられるようなプロデューサーが、そもそも何人もいない、という事情もあるのですが。

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 ただし、アニメ映画は美味しいんだ! と偉い人たちにも思われているでしょうから、アニメ映画自体は更に増えるものと考えられます。でも、『君の名は。』の次元はともかく、『聲の形』レベルの興行収入も高すぎる壁なのが実情ですし、そうした作品をいきなり映画で発表すること自体がギャンブルです。
 アニメ業界にはギャンブル好きな人が多いのは間違いないのですが、どれだけの勘違いアニメ映画が出てくるのか、あるいは本当に映画が主戦場となるくらいにはヒット作が連発するのか、楽しみに待ちたいと思います。