汐、そこはトイレに行かないと!〜CLANNAD AFTER STORY 18話より

 見ました。感想を言えば…やはり泣きましたよ。まあ、CLANNADで最もいい場面ですからね。ここで泣けないと何処で泣けるのかと。
 ただまあ…やはり原作どおりには行かないと言うか、原作ほどじゃないなあと言うのがあります。と言うのも、どうしても尺の問題が出てくるんですよね。
 ゲームであれば、それこそ一場面あたりの尺の長さなんて計算していませんから。特にCLANNADは、全くと言っていいほど削ったり妥協したりした部分が無いというくらいに、AFTERでは色んな要素をイレ込みまくりでしたからね。だから正直、この汐の旅行(帰った後のエピソードも含む)で3話、汐編だけで4話の尺がゲーム原作であったとは…と驚いています。
 ただそれがゆえに、原作では、朋也が腐っていたと言うエピソードから、汐と二人きりにされて旅行に行って帰ってきて、古河夫妻に報告して親父(直幸)と会って…という部分までは一場面みたいなものだったのを、アニメでは4話にも分割せざるを得なくなった。削っても不自然ですしね。この部分は本当は一気に見て、泣いて泣いて泣いて泣いての連続の場面なんですが、切れてしまうとどうも…。ちなみに僕の場合、汐を抱きしめてやる場面あたりから、たぶん次の19話まるまるくらいまで泣き通しましたからw アニメの制約の中で難しいんですが、明確に限界を見た感がありました。
 もちろん、アニメでの汐の可愛さとかはちょっと危険ですけどね。動く汐は本気でヤバイ。いちいち渚に似てたりとかってところとか、激しく幼女っぷりな所とかもw まあ実際のところは、朋也に泣かされてるんですけどm
 不満を挙げるとしたら…タイトルの通りです。あの場面で汐は「おしっこ」って言ってトイレに行かないと成立しないだろう、と。原作をプレイされている方なら違和感を持ったと思うんですが、一緒に泣いちゃいけないんですよ。
 あの場面で汐は、自分が泣く時はトイレかパパの胸の中で泣くと教えられてますが、パパ(朋也)は何処で泣けばいいのだろう→少なくとも自分がいる場所では泣いちゃいけないんだろう→じゃあわたし(汐)がトイレに行って見ないようにすればいいんだ、みたいな感じでトイレに行ったと思うんで、汐の目の前でボロボロ泣いたのは、かなり原作での意図を曲げてしまってる気がするんですよね。ちなみに原作では、朋也は汐がトイレに行っている間に涙を拭いてるシーンもありましたから。
 些細なことですし、あの場面で区切らなければならなかったというアニメならではの制約の問題もあってですから致し方ないんですが、こういう細かなところがアニメ化では表現しきれないんだなあ、と改めて考えさせられました。原作厨うぜぇ、とか言わないでね(汗。