さくらむすび 考察6〜エンディング(ストーリー)別考察2

 引き続いて、桜エンドの2つを見ていきます。

  • 桜エンド(シナリオ)…グッドエンド

 このシナリオは、桜と主人公が一応結ばれた後、その関係が公になる前に距離を置き、桜が卒業した後にちゃんと結ばれて、別の場所で2人で暮らす、そんなエンディングでした。
 このエンディングでは、2人の関係は秋野夫妻にすら知られていなかったり、そうした状況下でのものです。つまりは、特に周りから祝福されたものではなく、協力者もいない。2人だけの力で勝ち取ったと言えるものです。
 周りの誰からも祝福された紅葉や、邦彦と言う協力者がいた可憐とは、かなり異なると言うことがわかると思います。
 「さくらむすび」の脚本と比べてみても、亮一が世津子の卒業まで待つ、とか、そう言うことをしていれば…と言う対比みたいな形になっているようにも思います。

 これは可憐シナリオで邦彦が言っていたことと同じなのですが、桜が卒業する=一応一人前になる…まで待って、それから別の町で暮らせば…、と言うことをこのシナリオでは実現しています。別の町に行くというのは、2人が、血は繋がっていない(と言うことになっている)が兄妹であることを誰も知らない町へ行く、と言うことでもあります。

 と言う事で、障害がより高くても、上手くやれば乗り越えられるんだよ、と言うことを示したシナリオでは無いのかな? と思いました。決して納得していませんが(^-^;

  • 桜エンド(シナリオ)…バッドエンド?

 見出しには「バッドエンド」とか書きましたが、個人的には「トゥルーエンド」では無いかな?と思ってます。
 このシナリオでは、まず主人公が卒業しない、と言うこと自体が、他の3つのシナリオと全く異なります。桜からさくらむすびを贈られないのは、確かこのシナリオだけだと思います。
 桜ルートで話を進めていって、初Hから分岐していき、桜と主人公の2人の関係が公になり、そこから悲劇的な話になっていくのですが…かなり強引な展開ではあります。
 で、ほぼ全員から反対され、その中でも菊代さんからの反対は強烈で、桜と主人公の関係を完全に断ち切ろうとさえします。この菊代さんですが、意外に冷たいですよね。
 そうなる前に、主人公は桜を連れて飛び出し、学校でHして、その後はそれこそアテの無いまま走り、そのまま終わった、てな感じのシナリオでした。最後、桜と、主人公らしき人物とが手を繋いで歩いているCGで終わりましたが、この一連の流れは何を示しているんでしょう?

 ここで考えたのが、脚本「さくらむすび」の内容です。世津子は最後、桜の国へと旅立ちますが、2人はその楽園へと旅立ったのではないか、と言うことです。また主人公は、シナリオ中盤で桜を自転車の後ろに乗せている時に「どこまでも走ってやる。例えそれが闇の中でも」みたいなことを考えていた、と思うんですが、このエンディングではそれを実現していますよね。走って走って走りきって、行き着いた先がこの楽園だったんではないでしょうか?
 また、主人公が卒業していないと言うことも、若干意味があるのかなあ、と。主人公が卒業していない=桜と同じ箱?の中に居る、と言うことが。確か「さくらむすび」の世津子も、学校にいたままの自分に会いに来て欲しかった、とか、そういう感じだったような…。
 最後に、このCGにもヒントがあるような気がします。振り向いた桜の顔以外は、誰の顔も見えません。つまりは、他の誰もがのっぺらぼうで、自分たちの関係は全く知らない(反対しない)人たちの中で、2人で幸せにやってる、ってことなのではないかと。
 要は、「さくらむすび」内で世津子が願った幸せが、桜と主人公の間では叶った、と言うことのような気がするんです。本当は、2人はどこかで野垂れ死んでいるのかもしれませんが。

 このシナリオでは、紅葉が複雑な立場ながら2人を応援してくれてはいますが、実質誰も2人を歓迎どころか支援してもくれません。また、桜が卒業するまでの2年も待てませんでした。要は、可憐シナリオと桜グッドエンドから、その2つの要素すら奪って、なお2人が幸せになる方法を求めたのが、このシナリオだったのかなあ、と思うわけです。

 しかしながら、完全に説明不足ですし、色々な要素を置き去りにした、デキの悪いシナリオだったかと思います。特に後半のクライマックス部分が酷すぎる…。読後感の良さが最大のポイントである僕にとっては、途中の盛り上がりが見事だっただけに、かなり期待を裏切られた作品でした。
 次回は、そうしたマイナスポイントを色々と挙げて、改善点なども示していきたいと思ってます。