少女たちが非行に走って行く暗喩として観る「魔法少女まどか☆マギカ新編」

 見ようと思ってた方はほぼ見終えたのでは無いかと思う「劇場版魔法少女まどか☆マギカ新編」ですが、やはり印象的なのがラストの通称「悪魔ほむら」ではないでしょうか。考えてみると、本編10話で登場したメガほむことメガネをかけていたほむらからするとすっかり変わり果ててしまったとも言えそうです。
 個人的にまどマギでは魔法少女があまり良いものとして描かれておらず、むしろ負の面を強調していたような部分が1話観た時からずっと気になっていたのですが、その中でも魔法少女になることが後戻り出来なくなることとかその辺がすごく気になっています。本編1話でまどかママが化粧に順番つけてやってるシーンがありますが、あそこは個人的に子どもが魔法少女に変身することが大人で言えば化粧をすることという示唆で描かれていたのだろうと思いますし、それが変身と同義に近いこととして捉えられているようにも感じました。つまるところ、魔法少女に変身するということは化粧をすることと同義ということになります。もちろん、化粧は落とすことが出来ますが魔法少女になることは一度決めてしまえば戻れなくなるわけなので違うのですけども、戦いに出るための行為としては同義なものとも見て取れます。そうなると大人の女性が化粧をして仕事に行くのも戦いと同義なものという解釈も出来ると思います。
 しかしながら気になるのが魔法少女になることで生まれる装飾品です。変身して派手になるのはもちろん魔法少女なんですから普通のことなんですが、それに伴いソウルジェムを持ち歩かないといけないことになっているのは本編を観ればわかるとおりです。持ち運びしやすいようにか指輪に出来るようですが、中学生が指輪をして学校に来ているというのは個人的な感覚としてはちょっと背伸びしすぎてるようにも感じるのです。本編ではことさらそこについて言及するようなシーンはありませんでしたけども、新編では転校してくるメガほむが敢えて他の魔法少女たちに自分も魔法少女であることを気づいてもらえるようにと指輪をチラ見せするシーンがありました。もちろん自分が魔法少女だということを示すことが一番の目的だったとは思いますが、このシーンを見て最初に感じたのが「秘密の共有」でした。その指輪の意味するところは同じ魔法少女でないとわからないわけで、特別な属性を持った者同士の意思疎通という気がしました。
 そもそも魔法少女って若干不良というか健全な女子中学生のそれから外れやすいものになっているような気がしています。マミさんは不良ではないですし魔法少女としても健全なほうですが、それでも毎日夕方から夜にかけて街をパトロールしてる……と言えば聴こえはいいですが、女子中学生が一人で夜もウロウロしてるというのは事情を知らない人から観ればそういう目で観られかねない行為にも思えます。さやかも学校をサボったり家出したりすることになりますし、魔法少女になる前だったらほぼ入ることのなかった裏路地なんかにも入り込むことになりましたし、ホテルで遺体となって発見されたとか援助交際だとかそういうことを疑われても仕方のない事件的なものにまで発展してしまってます。杏子は万引きその他非行の常習犯ですし、学校にも通っておらずホームレス的な感じになってますし、ほむらに至っては通称マジカル・レーシックを使ってる……のはまあ非行とは関係ないかもですが、自作で爆弾作ったりどう観てもヤクザ屋さんから銃をせしめたり、恐らくは自衛隊など軍隊から様々な兵器を盗んで使用してます。杏子も犯罪者ではありますがほむらは犯罪者というかほぼテロリストレベルでヤバいことやってて非行なんてものでは済んでませんけど、魔法少女になることでまともな女子中学生からは遠く離れてしまったという意味では方向性としては間違っていないと思います。求められたとは言えまどかを撃ち殺したりもしてますしね。まどかも、本編では10話まで魔法少女にはなってないものの、魔女の口づけにやられた仁美を助けるためとはいえ廃工場に入ってしまいますし、さやかを探すのに夜中まで街中を探しまわってますし、果ては一般人がおおよそ立ち入ることはないはずの線路内にまで立ち入ってしまっていて、1話時点での割と平凡な女子中学生からは遠くかけ離れたような状態になっています。これは、魔法少女にならずとも、魔法少女に関わったり魔法少女のことを深く知りすぎると、やはり普通の中学生ではいられなくなり、いわゆる非行の方向に進んでしまうことを示唆しているとも思っています。それってつまりは、不良になってしまった仲間と一緒にいることでどうしてもそっち側に引きずり込まれるような、そういう意味合いも含んでいるのかなあと思うわけです。結果的にまどかは11話で母親の問いに答えなかったり、引き留めを振りきって危険なところへ身を投じてしまったりと、非行かどうかはわかりませんけどあっち側へと引き寄せられているように映りました。
 その最たる例が新編での最後の「悪魔ほむら」だったのではないかと思っています。新編はただのメガほむから本編の最後のほむらへと徐々に変化していってますが、最後に概念となったまどかの一部を剥ぎとってしまうという叛逆行為をして、ただでさえ一線を超えていたほむらが更にもう一線を超えてしまったのがあの場面だったのでしょう。自ら悪魔と言っていますが、そんなことよりももっと重要な変化ポイントがあると思います。それはあのデカいピアスです。悪魔ほむらはソウルジェムを指輪ではなくピアスのような形に変化させて身に付けていましたが、ものすごく目立ちましたよね。それを新編冒頭のメガほむと比較すると、指輪の時は小型かつ意識的に見せるようにしなければ見えないものが、ピアスになった場合だと見せなくとも見えるものになっている、という違いが見えてきます。つまりは、隠そうと思えば隠せる状態だったのがむしろそれを誇示するかのような状態になっている、という風に見えます。これは不良化としても外見的に更に一線超えた感じがするのですがどうでしょうか? さやかのキャラ設定を改編する(不思議ちゃんではなかったはず)というのもちょっとメタなやっちゃいけないことのようにも思えますが、通学路で派手なピアス付けて学校に行く素振りも見せずお茶してるとかちょっとヤバいですよね。ほむらはそもそもは病弱のメガネ少女で不良などというのとは正反対な子だったはずなんですが、まどかとマミさんに助けてもらって魔法少女に近づきすぎたが故にこうなってしまった、という考えもそれほど間違ってはいないように思っています。ほむらはもちろんやり過ぎで、かつこうなってしまう前に普通の魔法少女は死んでしまうのだろうとは思うのですが、ほむらは特別諦めが悪かったから変な方向に突出してしまったのだろうと考えています。
 そういう意味では、そんなになってまでも死ねないほむらがどうなってしまうのか、そこがもし続きが描かれるのであれば焦点になるのではないかと考えています。概念になったまどかの考える救済までも突っぱねたわけで、現時点では救いようがない状態だとは思いますが、果たしてそんな完全な不良化したほむらを救えるシチュエーションがあるのかどうか、あるいは死んだり消えたりしてしまうのか。そんな続きが観たいと思っています。